鼠径ヘルニア
ヘルニアとは
ヘルニアとは、先天的・後天的な原因で生じた組織のすきまから、臓器や組織が脱出している状態を指します。ヘルニアは「脱腸」とも言われるように腸管が脱出することが多いですが、大網というおなかの脂肪や膀胱、卵巣が脱出することもあります。中年から高齢の男性に好発します。
ヘルニアの種類
足のつけ根は鼠径部と言われ、同部でのヘルニアを鼠径部ヘルニアと言います。鼠径部ヘルニアは鼠径靱帯の頭側から脱出する鼠径ヘルニアと尾側から脱出する大腿ヘルニアに分類されます。
ヘルニアの症状
初期の症状としては、鼠径部の膨隆(ふくらみ)を自覚します。立っている時や力を入れている時に膨隆し、横になった時や入浴の時にもとに戻ります。次第に、大きくなったり疼痛が出現したりと症状が増悪することが多いです。腸管などがはまり込んで抜けなくなる状態を嵌頓(かんとん)といい、年間1%程度の頻度で起こるとされています。嵌頓状態が持続すると、血流障害をきたす絞扼(こうやく)や食事が通らなくなる腸閉塞をきたしてしまうことがあります。
診察・検査
鼠径ヘルニアの診察では身体所見が重要です。性別や体型、発症時期・膨隆の程度・還納の可否・疼痛の有無などから鼠径ヘルニアの診断や嵌頓のリスク評価、治療適応の判断を行います。
また、鼠径ヘルニアの正確な状態評価を行い、安全に手術をするために術前にCT検査を行うことが多いです。
治療・手術
成人の鼠径ヘルニアは自然治癒することはありません。嵌頓し絞扼してしまった場合は、緊急手術を行う必要がありますが、合併症発生率が高いとされています。したがって、緊急事態となる前に待機的に手術を行うことが推奨されています。鼠径ヘルニアに対する手術は、毎年15万件以上と推計されており、日本で最も施行例の多い手術になります。
成人の鼠径ヘルニアの手術では、メッシュを用いてヘルニア門を覆う方法が推奨されています。当院では鼠径部切開法と腹腔鏡を用いたTAPP法を行っております。
治療方針に関しては、外来でそれぞれの手術の内容をお伝えし患者さんやご家族のご希望に沿った形で治療を行っていきます。
鼠径部切開法
腰椎麻酔(または全身麻酔)下に鼠径部を4-7cm程度切開し、ヘルニア門を外(皮膚側)から覆う方法です。当院では、全身麻酔のリスクが高い方や、前立腺の術後の方、鼠径部切開法を希望される方に対して行います。入院期間は4泊5日を目安にしています。
TAPP法
全身麻酔下に臍と側腹部にポートと言われるスリーブ状のもの3本挿入し、そのポートからカメラや鉗子を挿入して手術を行います。TAPPでは、おなかの中から腹膜を剥がしてヘルニア門の内側にメッシュを留置します。TAPPは全身麻酔を要しますが、術後疼痛が軽度で慢性疼痛が少なく社会復帰が早いと報告されています。また、必要時には両側の病変に対して同時に同じ創で治療できます。
当院のTAPPでは、なるべく患者さんへの負担が軽くなるようにポートの傷を小さくすることや感染対策、慢性疼痛を予防する工夫を行うなど様々な対応を行っております。入院期間は3泊4日を目安にしています。術後の慢性疼痛の評価のために、後日電話で症状の聞き取りを行っております。
手術の合併症
鼠径ヘルニアの手術の合併症としては、創部およびメッシュの感染、出血、漿液腫、精管・精巣動静脈の損傷、慢性疼痛、再発などが起こりえます。メッシュが感染した場合は排膿と抗菌薬による加療を行いますが、状態によってはメッシュを取り除く必要があります。また、鼠径ヘルニアの手術では精巣の血管や精管などの周囲を剥離する必要があります。それらの周囲の操作では細心の注意を払って剥離を行います。慢性疼痛とは、「術後3か月の時点で存在し、6か月間持続する疼痛」とされ、これらの予防のために神経走行に注意した手術を行います。再発率は1-3%(日本内視鏡外科学会のアンケート調査) とされています。